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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)10327号 判決 1981年2月25日

原告

デベロ工業株式会社

被告

サニーペツト株式会社

外2名

右当事者間の標記事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

1 被告らは、別紙目録(1)ないし(3)記載の物件を製造し、使用し、譲渡し、貸渡し、又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

2  被告ら

主文同旨の判決

第2請求の原因

1  原告は、次の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有している。

登録番号 第1140105号

名称 浴槽

出願 昭和46年7月27日

出願公告 昭和50年11月6日(昭50―38287)

登録 昭和51年8月24日

願書に添附した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載(以下、「本件登録請求の範囲の記載」という。)

「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて、これを入浴槽部と髪洗槽部とに区画してなる浴槽。」

2  本件考案の構成要件は、次の(1)ないし(3)のとおりである。

(1)  浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめ、

(2)  内槽を入浴槽部と髪洗槽部とに区画してなる、

(3)  浴槽。

3  本件考案は、右2の構成要件を具備することにより、老人、病人、身体障害者等を入浴させる際にはその身体を入浴槽部に横臥させその項部を枕部に置かせることができ、そのため、看護人等が髪洗槽部を利用して楽に頭髪を洗つてやることができ、したがつて、病人等は身体を動かすことなく洗髪までしてもらうことができるという作用効果を奏するものである。

4  被告らは、別紙目録(1)ないし(3)記載の物件(以下、順に「イ号物件」、「ロ号物件」、「ハ号物件」といい、これらを総称するときは「被告物件」という。)を現に、製造し、使用し、譲渡し、貸渡し、並びに譲渡及び貸渡しのために展示している。あるいは、少なくともそのおそれがある。

5  1 イ号物件の構成は、本件考案の構成要件に対応させて分説すると、次の(1)'ないし(3)'のとおりである。

(1)' ほぼ矩形の入浴槽本体2と前脚部16及び後脚部17とから成り、入浴槽本体2の一端は、凹凸のある枕部を設けその両側に溢水路19を凹設した浴槽壁4をなし、

(2)'(1) 入浴槽1と頭部洗滌槽7とは使用時に合体され内槽20を形成するようになつており、

(2) 入浴槽本体2の底部の浴槽壁4寄りにはやや陥没した臀部滑止め部5及び排水口が設けられ、また、入浴槽本体2の底部は右臀部滑止め部5から遠ざかるに従つて徐々に浅くなるように構成されており、

(3) 入浴槽本体2の浴槽壁4の外方には、一体に形成された前脚部16とフレーム16'とが軸15で回動可能に枢着されており、また、頭部洗滌槽7は、その入浴槽1側に入浴槽本体2への結合用突出部材8が設けられ、他の3辺が下向きU字形の縁9となつていて、入浴槽1と頭部洗滌槽7とは着脱自在であり、頭部洗滌槽7を入浴槽1に合体する場合は、頭部洗滌槽7の下向きU字形の縁9内にフレーム16'を挿入するとともに、頭部洗滌槽7の結合用突出部材8と入浴槽1の先端部とを整合することによつて行う

(3)' 浴槽。

2 ロ号物件及びハ号物件の構成は、本件考案の構成要件に対応させて分説すると、次の(1)"ないし(3)"のとおりである。

(1)" ほぼ矩形の入浴槽本体2と脚部18とから成り、入浴槽本体2の一端は、凹凸のある枕部を設けその両側に溢水路19を凹設した浴槽壁4をなし、

(2)"(1) 入浴槽1と頭部洗滌槽7とは使用時に合体され内槽20を形成するようになつており、

(2) 入浴槽本体2の底部の浴槽壁4寄りにはやや陥没した臀部滑止め部5及び排水口が設けられ、また、入浴槽本体2の底部は右臀部滑止め部5から遠ざかるに従つて徐々に浅くなるように構成されており、

(3) 入浴槽本体2の浴槽壁4の外方には、受杆16とこれを下方に折りたたむための支持杆17が設けられ、また、頭部洗滌槽7は、その入浴槽1側に入浴槽本体2への結合用突出部材8が設けられ、他の3辺が下向きU字形の縁9となつていて、入浴槽1と頭部洗滌槽7とは着脱自在であり、頭部洗滌槽7を入浴槽1に合体する場合は、頭部洗滌槽7の下向きU字形の縁9内に受杆16を挿入するとともに、頭部洗滌槽7の結合用突出部材8と入浴槽1の先端部とを整合することによつて行う

(3)" 浴槽。

6  被告物件の構成を本件考案の構成要件と対比すると、以下のとおりである。

1 被告物件においては、入浴槽1と頭部洗滌槽7とが使用時に合体されるのであるから、内槽20に枕部が隆起して設けられ、これによつて、内槽20は、本件考案にいう入浴槽部に該当する入浴槽本体2と、本件考案にいう髪洗槽部に該当する頭部洗滌槽7とに区画されることになる。したがつて、イ号物件の構成(1)'、(2)'(1)、(3)'、ロ号物件及びハ号物件の構成(1)"、(2)"(1)、(3)"は、本件考案の構成要件(1)、(2)、(3)と同一である。

2 なお、イ号物件の構成(2)'(2)、ロ号物件及びハ号物件の構成(2)"(2)は、入浴槽本体2の内槽の設計の問題であると認められ、本件考案の構成要件(2)中の入浴槽部の内槽の構成には何ら限定がないから、本件考案の構成(2)に含まれる。

また、イ号物件の構成(2)'(3)、ロ号物件及びハ号物件の構成(2)"(3)は、頭部洗滌槽7を入浴槽本体2に対し着脱自在にするものであるが、本件考案において浴槽本体を一体に形成すべき旨の限定の文言がなく、一般に収納に便利なように1個のものを分割可能にするのは常套手段であり、かつ、使用時には両者合体され一体のものと実質的に変りはないから、これまた本件考案の構成要件(2)に含まれる。

3 右のとおり、被告物件はいずれも、本件考案の構成要件をすべて具備しており、それ故本件考案の作用効果と同一の作用効果を奏するものである。

したがつて、被告物件はいずれも本件考案の技術的範囲に属するものであるから、被告らが被告物件を製造、譲渡する等の行為は、本件実用新案権を侵害するものである。

よつて、原告は被告らに対し、本件実用新案権に基づき、被告物件の製造、譲渡等の差止めを求める。

第3請求の原因に対する答弁及び被告らの主張

1  1 請求の原因第1項は認める。

2  同第2項は争う。

3  同第3項については、本件明細書中に本件考案の作用効果について原告主張のような記載があることは認める。

4  同第4項のうち、被告サニーペツト株式会社(以下、「被告サニーペツト」という。)がロ号物件及びハ号物件を現に、製造し、使用し、譲渡し、貸渡し、並びに譲渡及び貸渡しのために展示していることは認める(ただし、ロ号物件、ハ号物件を示すものとしての別紙目録(2)、(3)のうち、「2 構造の説明」(1)中の「内槽20を形成す」るとの部分及び第1図中の符号20を削除すべきである。)が、その余の点はすべて否認する。

(1)  被告サニーペツトはかつてイ号物件を1台だけ製造、販売したことはある(ただし、イ号物件を示すものとしての別紙目録(1)のうち、「2 構造の説明」(1)中の「内槽20を形成す」るとの部分及び第1図中の符号20を削除すべきである。)が、この1台の外には製造、販売したことはなく、以後現在に至るまでイ号物件に改良を加えたロ号物件及びハ号物件のみを製造、販売している。被告サニーペツトが今なおイ号物件を製造販売していることの証拠として原告が提出する甲第13号証(カタログ)中の写真は、実際に行われた巡回入浴サービスの場を撮影した従前のカタログ中の写真を使用しただけのことである。

なお、被告サニーペツトは、ロ号物件及びハ号物件の製造を訴外株式会社マリンプラスチツクス研究所に委託しているものであり、こうして製造されたロ号物件及びハ号物件が後記(3)のとおり被告栄エンジニアリング株式会社(以下、「被告栄エンジニアリング」という。)で加工された浴槽乾燥車に組込まれるのである。

(2)  被告栄工業株式会社(以下、「被告栄工業」という。)は、鉄工、製缶等を業とするものであるが、被告物件の製造、販売等は一切行つていない。

(3)  被告栄エンジニアリングは、被告サニーペツトの注文に応じて浴槽乾燥車のボデイの加工を行つているにすぎず、被告物件自体の製造、販売等は全く行つていない。

5  同第5項については、1(2)'(1)中の「内槽20を形成す」るとの点及び2(2)"(1)中の「内槽20を形成す」るとの点は否認し、その余の点はすべて認める。

6  同第6項は争う。

2 被告物件は、いずれも本件考案の技術的範囲に属しない。

1 本件考案の構成要件は、次の(1)ないし(3)のとおりであり、そして、そこにいう「浴槽本体」は一体不可分のものをいう。

(1)  浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめてあること、

(2)  右枕部を隆起せしめることによつて、浴槽本体の内槽を入浴槽部と髪洗槽部とに区画してあること、

(3)  右(1)、(2)の構成を有する浴槽であること、

その理由は、以下のとおりである。

(1) まず、本件登録請求の範囲の記載自体から明らかである。

(1) 本件登録請求の範囲の記載のうち、「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて」との部分は、それ自体浴槽の構成を示すものであると同時に、「これ(浴槽本体の内槽)を入浴槽部と髪洗槽部とに区画」するための手段としての意味を有するものであることは明らかである。この点、原告主張の本件考案の構成要件(第2、2)は、本件登録請求の範囲の記載を不正確に分説し、構成要件(1)が構成要件(2)を実現するための手段であることを無視したものである。したがつて、右構成要件(2)は、「右枕部を隆起せしめることによつて」という、本件登録請求の範囲の記載にない文言を附加したものであるとの原告の非難は当たらない。本件考案は単に「入浴槽部と髪洗槽部とに区画されている浴槽」というような広い範囲の考案ではないのであつて、本件登録請求の範囲の記載を右(1)ないし(3)のように分説してはじめて本件考案の構成要件が明確になるのである。

(2) しかして、本件登録請求の範囲の記載にいう「浴槽本体」とは、髪洗槽部の先端から入浴槽部の後端までの槽全体を、「内槽」とは、右槽全体の内部を指すものであり、そして、この内槽に枕部を隆起せしめ(構成要件(1))、かつ、右枕部を降起せしめることによつて浴槽本体の内槽を入浴槽部と髪洗槽部という2つの部分に区画する(構成要件(2))のであるから、浴槽本体は、当然一体不可分のものでなければならない。

(3) 原告は、実用新案の対象はもともと物品の形状、構造又は組合せに限られるのであつて、製作方法ないし手段を含まないとして、本件登録請求の範囲の記載中の「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて」との部分は、枕部が隆起している構造を示しているにすぎない旨反論する(第4、1 1(1))が、浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて、これを入浴槽部と髪洗槽部とに区画するものである以上、浴槽本体は、当然構造として一体不可分のものでなければならないのである。

実用新案登録請求の範囲の記載において、物品の形状や構造を説明するために本件登録請求の範囲の記載のように製法的な表現を用いることも当然にありうることであつて、その場合、かかる方法的な制限による形状、構造が考案の必須の要件となるに至ることもまた当然であろう。

そもそも「浴槽本体」というのは、4辺の浴槽壁と底部とによつて形成されそれ自体独立して浴槽として使用しうる一体不可分の構造のものの概念であり、この浴槽本体の内槽たる底部から枕部と称する仕切りを隆起させることによつて、入浴槽部と髪洗槽部という2つの部分に区画するというのが本件考案の技術思想であるから、被告物件のように、入浴槽1と頭部洗滌槽7とが全く別体をなしていて、使用に応じて特殊な連結手段により連結されるようなものまで、本件考案の技術的範囲に属するという原告の主張は、本件登録請求の範囲の記載を「入浴槽と髪洗槽を有する浴槽」というように拡張して解釈するものであつて、失当である。

(2) 本件考案にいう「浴槽本体」が一体不可分のものでなければならないことは、以下のとおり、本件明細書の考案の詳細な説明の欄にも明確に示されているところである。

(1) 「本案は浴槽内に横臥した際、枕となる枕部を設けることにより、入浴槽部と髪洗槽部とに区画した浴槽に関する。」(別添実用新案公報1欄17ないし19行)、「本案は叙上の如く浴槽本体1の内槽2に枕部4を隆起せしめて入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画した」(同2欄20ないし22行)との記載は、本件登録請求の範囲の記載とほぼ同一であり、内槽に枕部を隆起せしめることによつて内槽を入浴槽部と髪洗槽部という2つの部分に区画することを示しているから、浴槽本体は当然不可分一体のものであることが必要である。

なお、原告は、後者の記載中の「内槽」は、特定の内壁部材ではなく、浴槽本体の内側に存する空間を指すものであると主張する(第4、1 2(1)後段)が、「内槽」とは明らかに浴槽本体の内面を指すものである。

(2) また、「合成樹脂等により形成した浴槽本体1は人が横臥できるように長方体状に形成されており、その内槽2の一側寄りにおいては底部3より枕部4が隆起し、且その枕部4の両側端が長辺側の側壁5、5'に連設することにより、内槽2は入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画されており」(同1欄26ないし32行)との記載は、入浴槽部と髪洗槽部とを区画する枕部が内槽の底部より隆起しており、その両側端が浴槽本体の長辺側の側壁5に連設していることを示しているから、浴槽本体は一体不可分のものであることが必要である。

(3) 更に、「使用時に空気、湯水等によつて脹らますことにより浴槽本体1を形成するように、ゴム等で製作してもよい。」(同2欄6ないし9行。ただし、「張らます」とあるのは「脹らます」の誤記である。)との記載は、入浴槽部と髪洗槽部を一体不可分のものとすることを当然の前提とした記載である。

(4) 右のとおり、本件明細書の考案の詳細な説明の欄の記載も、本件考案にいう「浴槽本体」が一体不可分のものであることを前提とし、その内槽に枕部を隆起せしめてこれを入浴槽部と髪洗槽部という二つの部分に区画する構成を必須のものとすることを明らかにしている。

これに反し、入浴槽部と髪洗槽部とを別体として構成してよい旨の記載はもちろん、これを示唆する記載もない。

(3) 原告が第4、1 3においてその反論の根拠として掲げるところは、本件登録請求の範囲の記載及び考案の詳細な説明の欄の記載を無視し、本件明細書に何ら開示のない技術にまで本件考案の技術的範囲を拡張せんとするものであつて、失当である。

(1) その(1)については、本件登録請求の範囲の記載及び考案の詳細な説明の欄の記載は、前記(1)及び(2)のとおり、浴槽本体は一体不可分のものでなければならないことを示しているのである。湯水をためる浴槽本体というものは、一体不可分のものであるのが常識であつて、これを分離することは通常考えられない異例のことであるから、本件考案がもし浴槽本体が分離されたものをも含むのであれば、当然本件明細書に明記されてしかるべきである。

(2) その(2)についていえば、浴槽本体というのは、長方体状のもので、底部、2つの側壁、前部壁及び後部壁の5つの面から成る、いわゆる「風呂桶」そのものであつて、本件考案の実用新案登録出願前はもちろん、現在でも、風呂桶は、その材質の如何にかかわらず長方体状の一体不可分の構造となつているのが普通であり、2つの部分に分離できるようにはなつていない。

(3) その(3)で原告が引用する考案の詳細な説明の欄の記載は、本件考案を、浴室に固定された浴槽ではなく移動可能な浴槽に適用した場合において、浴槽本体1に持運棒8、8'あるいは前後輪9、9'、10を設けて運搬、移動の便宜を図ることを説明しているにすぎないのであつて、浴槽本体を分離することは全く示唆していない。本件明細書の図面第1、第2図も、持運棒8、8'を設ける場合、前後輪9、9'、10を設ける場合のいずれも、一体不可分の浴槽本体全部を移動するような構成を示していることは明白である。

(4) また、本件考案における浴槽本体が一体不可分のものでなければならないことは、本件考案の実用新案登録出願前の出願に係る登録実用新案(昭和46年7月26日出願、出願公告昭50―38286、出願人原告。乙第7号証参照。以下、「本件先願に係る考案」という。)の存在によつても裏付けられるところである。

(1) 本件先願に係る考案は、その実用新案登録請求の範囲の記載が「ゴム、ビニール等の屈曲自在な素材で中空状の浴槽本体を形成し、該体は枕部により洗髪槽と入浴槽とに区画し、浴槽本体の中空部には給気口と給湯口とを連通せしめてなる浴槽」であり、洗髪槽と入浴槽の2つが枕部により区画された構成から成るところ、もし本件考案の技術的範囲が原告主張の如く入浴槽部と髪洗槽部の2つが枕部により区画された構成にあるとすれば、本件考案は、本件先願に係る考案をもその技術的範囲の中に包摂してしまうことになり、「優先の原則」という特許法ないし実用新案法の基本原則に反し、無効原因を有することになる。

したがつて、本件先願に係る考案と本件考案とがともに実用新案権として有効に登録されていることを前提にすれば、後願たる本件考案は本件先願に係る考案をカバーしない技術的範囲を有するものとしてその技術的範囲を解釈しなければならないことになる。

(2) そこで、本件先願に係る考案と本件考案の各実用新案登録請求の範囲の記載を比較すると、左のとおりである。

① 前者では、浴槽本体はゴム、ビニール等の屈曲自在な素材で中空状に形成されているのに対し、後者ではかかる限定がない。

② 前者では、浴槽本体は枕部により洗髪槽と入浴槽とに区画されていれば足りるのに対し、後者では、浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめてこれを入浴槽部と髪洗槽部とに区画するとの限定が存する。

③ 前者では、浴槽本体の中空部に給気口と給湯口とを連通せしめてあるのに対し、後者では、かかる限定がない。

右①、③については、本件考案では何らの限定がないのであるから、本件考案が本件先願に係る考案の構成を含むことは明らかである。右②については、浴槽本体を枕部により洗髪槽(髪洗槽部)と入浴槽(入浴槽部)とに区画するという構成の点では両者共通しており、本件考案が「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめることにより」という構成を備えているという点が異なるのである。

よつて、本件考案は、右②の点の相違故に実用新案登録されたものと解さざるをえない。

(3) そして、両者の明細書の図面と右(2)で述べたところを併せ考えると、次のように結論することができる。

① 本件考案は、単に入浴槽部と髪洗槽部とに区画するというのではなく、浴槽本体の底部から枕部を隆起せしめるという要件を必須とするものであり、この「枕部を隆起せしめる」とは、浴槽の壁面そのものとは明らかに別個の構成として浴槽本体の内槽の底部から直接隆起部分として枕部を設けることをいう。

② 両者に共通する構成は、浴槽本体自体を入浴槽部(入浴槽)と髪洗槽部(洗髪槽)の2つに区画してあることである。

2 のみならず、本件考案と同一の構成を有する浴槽は、次の(1)、(2)のとおり、本件考案の実用新案登録出願前に既に公知のものとなつていたから、本件考案についての実用新案登録は無効原因を有するものであり、被告サニーペツトが提起した無効審判請求に係る審判(昭和53年審判第14917号)において無効にされることが明白である。したがつて、本件訴訟においては本件実用新案権は一応有効に存在するものとして取扱わなければならないとしても、その技術的範囲は、本件明細書及び図面に示された実施例の構成、すなわち、

(イ) 入浴槽部と髪洗槽部は、1個の浴槽本体の内槽を内槽内に隆起せしめた枕部によつて区画して成るものであること、

(ロ) 枕部全体が水平の半円柱面となつており、場合によつてその中央に1個の陥部が設けられていること(別添実用新案公報2欄11ないし13行及び第1、第2図)、

(ハ) 入浴槽部は、枕部より遠ざかるに従つて深くなり、その排水口は枕部とは反対側に設けられていること、

という構成を有する浴槽に限定して解釈すべきである。

(1) 本件考案の実用新案登録出願(昭和46年7月27日)前の昭和26年10月2日にわが国特許庁(陳列館)に受入れられた1951年(昭和26年)4月10日登録第2548301号米国特許公報(乙第10号証。以下「本件米国特許公報」という。)には、浴槽本件1の内槽に、横臥した入浴中の人の頭部を受ける枕部としての凹部(受け部)12を隆起せしめ、この枕部によつて浴槽本体1の内槽を主たる入浴槽3と従たる第2槽4とに区画してなる浴槽であつて、この従たる第2槽4は洗髪槽としても使用するもの

が示されており、この浴槽の構成は、本件考案の構成と全く同一である。

原告が、第4、2 1(2)において、本件考案の構成が本件米国特許公報に係る発明の構成と相違する点として縷々主張するところは、本件登録請求の範囲の記載にない事項、例えば、浴槽の深さや広さ(その(1)、(2))、仕切壁が垂直であるかなだらかであるか(その(3))、持運べるようにしたものか否か(その(4))、給水装置の態様(その(5))、枕部の使用態様(その(6))などについて論じるものにすぎず、失当である。

(2)(1) また、本件考案においては、「枕部」、「入浴槽部」、「髪洗槽部」なる語が用いられているが、これらは浴槽各部の用途に基づく名称にすぎず、本件考案の構成として示されているところは、要するに、浴槽本体の内槽に仕切りを隆起せしめてこれを2つの部分に区画したものというにすぎないところ、かかる構成の浴槽は、本件考案の実用新案登録出願前の昭和39年1月1日に東洋陶器株式会社が発行した「東陶通信No.66」(乙第1号証。以下「東陶通信」という。)に、乳児浴槽BH―26として記載され、公知のものとなつていた。

(ⅰ) 原告は、東陶通信記載の乳児浴槽は、枕部を有しておらず、したがつて本件考案の構成を有しない旨主張する(第4、2 2(1))が、一体不可分の浴槽本体の内槽に底部より仕切りを隆起せしめてこれを2つの部分に区画したという構造において全く異なるところがない。原告が本件考案との構造上の相違として指摘する点は、実は構造上の相違ではなく、2つの槽及び仕切りを何に利用するかという用途上の相違、物品の部分の使用方法の相違(枕として使用するか否か)にすぎないのである。

原告自ら「実用新案の対象は、物品の形状、構造又は組合せに限られる」と主張する(第4. 1 1(1))ように、ともに浴槽という同一物品であり、その構造において同一である以上、かかる使用方法の相違は、何ら本件考案との同一性を失わしめるものではない。原告の前記主張に従えば、右乳児浴槽の形状、構造によつてではなく、それが本件考案の実用新案登録出願前において本件明細書に記載されたように使用されたか否かという事実によつて、本件考案との同一性の有無が決せられるという不合理な結果とならざるをえない。

(ⅱ) そもそも、枕は頭を支えるという目的を有するだけのものであつて、特別の形状や構造があるわけではなく、本件考案においても、単に「枕部」とし、形状や構造を限定していない。ただ、仕切りを枕として利用するという点から枕部と称しているだけのことである。

原告は、東陶通信記載の乳児浴槽における仕切りが枕部でないとする理由として、それが周壁とほぼ同じ高さである点を挙げるが、原告が別途出願した本件先願に係る考案の明細書(乙第7号証参照)では、周壁と同じ高さの仕切りをもつて枕部と称しており、一貫しない。その第1図を見ても、枕部として特別の形状、構造があるわけではないことが明らかである。

(2) 「入浴槽」、「髪洗槽」、「枕」といつた細微な用途について考察しても、これらの用途を有する槽もまた、以下のとおり本件考案の実用新案登録出願前公知のものであつた。

(ⅰ) 昭和43年12月17日の出願公告に係る昭43―31072号実用新案公報(乙第2号証)には、入浴者が横臥して入浴する浴槽であつて、「中間水平面3」を枕として使用しうるように入浴槽端部の壁の一方に凹部を設けた構造の簡易風呂が示されている。

(ⅱ) 昭和31年12月4日にわが国特許庁(資料館)に受入れられた1950年(昭和25年)7月11日登録第2514584号米国特許公報(乙第3号証の1)には、横臥中の病人等の洗髪を容易にするため凹凸を有する枕部を備えた洗髪槽が示されている。

(3) してみれば、右乙第2号証の枕部付入浴槽と右乙第3号証の1の枕部付洗髪槽を、東陶通信記載の乳児浴槽の如く一体に構成することは極めて容易であり、本件考案に何らの新たな技術思想を見出すことはできない。

(4) 原告は、第4、2 2において、右東陶通信記載の乳児浴槽、乙第2号証の枕部付入浴槽及び乙第3号証の1の枕部付洗髪槽は、いずれも、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」という本件考案の作用効果ないし技術思想を有しないが故に本件考案と異なる旨反論するが、以下のとおり失当である。

(ⅰ) まず、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」というのは、単に作用効果のうえでの着想にすぎず、技術思想などと称しうるものではない。同一構造の同一物品の使用方法に何らかの新しいアイデイアがあつても、それは考案に値しないこと当然である。

(ⅱ) 実用新案権は、作用効果に対して付与されるものではないのであり、本件実用新案権も、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」という作用効果そのものに対して付与されたものではなく、それを実現した具体的手段に対して付与されたものである。そして、その具体的手段として、本件考案は、浴槽本体の底部から仕切りを隆起させてその内槽を2つの部分に区画するという前記東陶通信記載の浴槽と同一の構造を採用したにすぎない。

(ⅲ) そもそも、本件明細書に本件考案の作用効果として記載されているところ(別添実用新案公報2欄22ないし27行)は、要するに、入浴者からみれば、「横臥できる」、「枕部に項部をおくことができる」、「身体を動かすことがない」、看護人からみれば、「髪洗槽部を利用して楽に洗髪してやることができる」ということにすぎないところ、かかる作用効果は、身体障害者、老人、病人などの入浴を目的とした公知の浴槽において既に達成されていたものであり、本件考案は、作用効果の点においても公知の浴槽を一歩も出るものではない。

すなわち、前記乙第2号証の枕部付入浴槽は、前記(2)(ⅰ)の構造により、入浴者が横臥して、枕部に頭部をおくことができ、身体を動かすことがないという作用効果を、前記乙第3号証の1の枕部付洗髪槽は、横臥している者が枕部に頭部をおくことができ、また看護人は洗髪槽を利用して楽に洗髪してやることができるという作用効果をそれぞれ奏するのである。

また、昭和44年11月18日の出願公告に係る昭44―27800号特許公報(乙第5号証)記載の「運動機能障害患者の入浴装置」は、枕部24を設けた寝枠1が浴槽内で屈曲して支持される構造により、入浴者は横臥して、枕部に頭部をおくことができ、身体を動かすことなく、看護人等は髪洗槽部を利用して楽に洗髪してやることができるという作用効果、すなわち「入浴と洗髪を同時に行うことができる」という本件考案の作用効果と同一の作用効果を奏するものである。

3 被告物件の構成及び作用効果は、以下のとおりである。

(1) 被告物件は、別紙目録(1)ないし(3)の記載から明らかなとおり、いずれも、別体である入浴槽1と頭部洗滌槽7とから成り、両者を連結する手段が設けられているものである。頭部洗滌槽7を入浴槽1に連結する場合は、入浴槽本体2に軸15で回動可能に枢着された前脚部16及びフレーム16'(イ号物件の場合)又は入浴槽本体2に設けられた受杆16及び支持杆17(ロ号物件及びハ号物件の場合)を前方に引用し、移動する場合や頭部洗滌槽7を使用しない場合は、右前脚部16及びフレーム16'を回動し、又は右受杆16及び支持杆17を折りたたんで、入浴槽本体2の下部に収納しうるようになつている。

入浴槽1は、それ自体単独で浴槽として使用しうるものであつて、洗髪の用のない場合には、頭部洗滌槽7を連結する必要がない。原告は、入浴槽1は単独では実際上使用しえないと反論する(第4、3 1)が、溢水路19の平面基準は入浴槽1の縁の下部にあるから十分に湯水をためることができ、入浴槽1の底部には排水口が設けられているから入浴後はこれにより排水できるのであつて、入浴槽1は単独で十分使用可能である。

(2)(1) 被告サニーペツトは、昭和49年に寝たきり老人や身体障害者のための浴槽乾燥車の製造、販売に着手するとともに、右浴槽乾燥車に組込む浴槽を開発し、同年9月に「移動浴槽」として特許出願をなし、昭和53年に第909859号特許権として登録を受けた(以下、「被告特許権」といい、その特許発明を「被告発明」という。)が、その技術思想は、別体である入浴槽と頭部洗滌槽、及び両者を連結するための台から成り、台は入浴槽に回動可能に取付けられ、入浴槽下部に収納しうるように構成されているところにある。

被告サニーペツトが当初1台限り製造、販売したイ号物件は被告発明の実施品であり、ロ号物件及びハ号物件は被告発明の技術思想のもとにイ号物件を改良したものである。このように被告特許権が存在すること自体、被告物件が本件考案とは異なるものであることを裏付けるものである。

(2) 原告は、被告物件は被告発明の実施品ではないと反論する(第4、3 2(1)前段)が、連結手段の細部を別としてその技術思想は被告発明に開示されているところである。

また原告は、仮に被告物件が被告発明の実施品であるとしても、被告発明は本件考案のいわゆる利用発明であると反論する(同後段)が、後記のとおり被告物件が本件考案の構成要件を欠如する以上、利用発明の主張も成り立ちえない。

(3) 原告は更に、被告発明の明細書における従来の方式についての記載が明白に事実に反していると反論する(第4、3 2(2))が、被告発明は、入浴槽と頭部洗滌槽を別体として構成することにより、移動浴槽として本質的課題である運搬や収納の容易、簡便化を実現したものであつて、本件考案にはもちろん、他の従来の方式にもみられなかつた新規なものである。

(3) 被告発明の実施品又はその改良品である被告物件の作用効果は、次のとおりである。

移動浴槽は、一方において、浴槽として機能するために人の身長の点から一定限度以上の長さが必要であり、他方において、寝たきり老人や病人等の入浴設備として簡易、軽便で移動が容易であり、家屋内への持込みも自由にできることが必要であるという観点から、短ければ短いほどよく、長さを一定限度以下とする必要があるが、この矛盾を解決する手段を提供したのが被告物件である。

すなわち、被告物件は、入浴槽と頭部洗滌槽を別体とした結果、この二つを分離した状態で自動車等で運搬できるので収納、持運びに便利であり、家屋内の狭い部屋の入口、廊下の曲り角等においても出し入れが自在であり、また、病人等は自室内で入浴できるので、外見を気にすることなく気楽に入浴できるとともに、外気に触れず病気に悪影響を与えるおそれがない等、福祉風呂としても優れているのである(被告発明の特許公報(乙第4号証)3欄14ないし19行、4欄4ないし11行)。

4 そこで、被告物件を本件考案と対比すると、以下のとおりである。

(1)(1) 本件考案にいう「浴槽本体」は前記のとおり一体不可分のものをいうところ、被告物件における入浴槽1と頭部洗滌槽7は、はじめから別体であるから、被告物件は本件考案の技術的範囲に属する余地がない。

この点を若干詳述する。

(ⅰ) 被告物件は、本件考案の構成要件(1)(前記1)を具備しない。

すなわち、本件考案の構成要件(1)にいう「浴槽本体」とは、髪洗槽部の先端から入浴槽部の後端までの槽全体を、「内槽」とは、右槽全体の内部を指すものである(前記1(1)(2))ところ、被告物件においては、頭部洗滌槽7と入浴槽1が別体であるから、右「浴槽本体」とか「内槽」に該当するものがないし、したがつてまた、「内槽に枕部を隆起せしめ」たものでもない。

使用時に頭部洗滌槽7が連結される側の浴槽壁4は、入浴槽1が独立の浴槽として当然備えている4辺の浴槽壁の1つであつて、仮に枕として使用されることがあつても、それは、構成要件(1)にいう「内槽に隆起せしめた枕部」ではないのである。

(ⅱ) 被告物件は、本件考案の構成要件(2)を具備しない。

すなわち、被告物件においては、頭部洗滌槽7と入浴槽1がはじめから別体であるから、構成要件(2)の如く「枕部を隆起せしめることによつて」内槽を2つの部分に区画しているものではない。被告物件における浴槽壁4は、前記(ⅰ)のとおり、入浴槽1が独立の浴槽として当然備えている4辺の浴槽壁の1つであつて、本件考案の枕部の如く内槽を入浴槽部と髪洗槽部という2つの部分に区画するために隆起せしめられた仕切りではない。わざわざ仕切りを隆起せしめて2槽に区画する必要はないのである。

使用時において入浴槽1と頭部洗滌槽7が連結されるときも、ただ2つの槽が結合されているというだけのことであつて、そのことによつて入浴槽1の浴槽壁4が構造として「浴槽本体の内槽を入浴槽部と髪洗槽部とに区画するために隆起せしめた枕部」になるわけのものではないし、これによつて2槽に区画されると把握する余地もないのである。

(2) むしろ、前記1(1)(3)第3段記載の「浴槽本体」の概念からすれば、被告物件において「浴槽本体」に対応するものは入浴槽1というべきであるから、これと頭部洗滌槽7とが結合されたときの状態で対比し、この2つの槽の全体をもつて「浴槽本体」とみるのは適切でないことになる。

この入浴槽1は通常の浴槽と同じく1区画のままであり、しからば、これが本件考案にいう「浴槽本体」の構成を備えていないことは明らかである。

(3) 被告物件も、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」という作用効果の1つにおいては本件考案と共通するところがあろうが、同じ作用効果を奏するからといつて直ちに本件考案の技術的範囲に属することになるというものでないことはいうまでもない。前記2(2)(4)(ⅱ)のとおり、本件実用新案権は右のような作用効果そのものではなく、それを実現した具体的手段に対して付与されたものであり、その具体的手段として、本件考案は、浴槽本体の底部から仕切りを隆起させてその内槽を2つの部分に区画するという前記東陶通信記載の浴槽と同一の構造を採用したにすぎないのに対し、被告物件は、別体として構成された入浴槽1と頭部洗滌槽7を使用時に特殊な結合手段によつて結合するという構造を採用したものであつて、両者は、右作用効果実現のための具体的手段を全く異にするのである。

また、本件考案を移動浴槽に適用したものにあつては、浴槽本体が一体であるため長さを縮めることが不可能であつて、移動に当たつて大きなスペースを必要とするのに対し、被告物件は、入浴槽1と頭部洗滌槽7が別体であるため運搬や自動車への収納に極めて便利であるという、移動浴槽として極めて重要な利点を有しているのである。

後記第4、5 3の「一体構造のものを2部材に分割して着脱自在の構造に作り変えることは、設計上の格別の工夫を要するものではない」という原告の一般論にもかかわらず、2つの槽を別体として、必要に応じて使用時に連結するということは、本件明細書に何らの示唆もなく、原告はまさに夢想だにしなかつたものと思われる。原告は、浴槽の寸法を短くし運搬に便ならしめるという課題を解決するため、

① 昭和50年11月6日の出願公告に係る昭50―38278号実用新案公報(Z第8号証)の考案においては、浴槽本体を蛇腹とし、長手方向に伸縮自在としたもの(なお、この考案も、浴槽本体の長側壁を貫通する一対の運搬棒を有するものであり、浴槽についての原告の着想は一体不可分の浴槽本体に関するものであることを示している。)、

② 原告のパンフレツト(乙第9号証)記載の浴槽においては、アルミニウム製の浴槽本体をその中間部で切断しうるようにしたもので、切断個所からの水漏れを防ぐため内槽の全面にわたつてビニールカバーで覆うようにしたもの(したがつて、むしろビニールカバーが浴槽であり、アルミニウム製の部分はその支持棒とでもいうべきである。)、

というような構成を採用しているが、原告がかかる構成を採用していること自体、被告物件のように入浴槽と頭部洗滌槽を別体にしたことが本件考案によつては解決されていない別個の課題を解決したものであり、被告物件が本件考案の技術的範囲に属する余地のないことを示すものである。

(2) のみならず、前記2のとおり、本件考案についての実用新案登録が無効原因を有することによりその技術的範囲は(イ)ないし(ハ)の構成を有する浴槽に限定して解釈すべきところ、被告物件は、右(イ)ないし(ハ)に対応させて分説すると、

(イ)' 1個の浴槽本体をそのまま入浴槽1とし、これに浴槽本体とは別個の頭部洗滌槽7を、必要に際しそのつど結合するために特別に設けられた機構によつて結合するものであること、

(ロ)' 入浴槽1の頭部洗滌槽7側の浴槽壁4は、その頂部が凹凸状をなし、両端が切込まれていること、

(ハ)' 入浴槽1は、浴槽壁4側が深く、これから遠ざかるに従つて浅くなつており、その排水口は浴槽壁4寄りにあること、

という構成を有するものであり、構成(イ)'ないし(ハ)'はいずれも本件考案の構成(イ)ないし(ハ)を充足しないから、被告物件は本件考案の技術的範囲に属しない。

5(1) 第4、5の原告の「単なる設計変更」の主張は、仮に「以上の原告の主張」すなわち「本件考案にいう浴槽本体は一体不可分のものに限定されるものではなく、別体のものを使用時に合体するようになつているものも含むという主張」が認められないとしても、という仮定に立つ主張であるから、「本件考案にいう浴槽本体は一体不可分のものに限定される」との前提に立つはずであるにもかかわらず、同5 1において原告が「本件明細書には、浴槽本体が一体不可分のものでなければならない旨の記載はない」などと述べるのは、自ら設定した右前提を即座に否定するものであつて、論理において矛盾たるを免れない(なお、前記4(1)(3)第3段参照)。

(2) 前記のとおり、本件考案は、浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめることによつて、入浴槽部と髪洗槽部とに区画することを必須の構成要件とするものであるのに対し、被告物件は、入浴槽と頭部洗滌槽とが別体であつて、本件考案の如く浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめることによつて2槽部分に区画したものではないから、本件考案の構成と全く異なること明白である。したがつて、被告物件につき設計変更をもつて論じる余地は全くない。

6 原告が第4、6において述べるところは、本件考案の技術的範囲を不当に拡張解釈するものである。同6 2前段の技術思想なるものは、技術思想とは関係のない単なる考案の課題にすぎない。

第4被告らの主張に対する原告の反論

1  本件考察にいう浴槽本体」は、一体不可分のものに限定されるものではなく、別体のものを使用時に合体するようになつているものも含むものである。

1 被告らの分説する構成要件(2)は、「右枕部を隆起せしめることによつて」という、本件登録請求の範囲の記載にない文言を附加したものであるが、これは、被告らのいう「方法的な制限による形状、構造」(第3、2 1(1)(3))を本件考案の必須の要件とせんがための試みであり、構成要件の分説に名を籍りて本件考案の技術的範囲を恣意的に縮少せんとするものであつて、失当である。

(1)  被告らは、本件登録請求の範囲の記載のうちの「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて」との部分は、「これ(浴槽本体の内槽)を入浴槽部と髪洗槽部とに区画」するための手段としての意味を有するものであると主張する(第3、2 1(1)(1))。

しかし、実用新案の対象はもともと物品の形状、構造又は組合せに限られるのであつて、製作方法ないし手段を含まないから、本件登録請求の範囲の記載に浴槽の形態を実現するための方法が記載されているからといつて、その方法自体を構成条件と認めることはできないのであつて、それは、その方法を実施した結果得られる特定の形態を、方法の表現を藉りて間接的に記載したものにすぎないと解すべきである。右「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて」との部分は、浴槽本体の内槽に枕部が隆起している構造を示しているにすぎないのである。なお、本件明細書の考案の詳細な説明の欄中の「本案は浴槽内に横臥した際、枕となる枕部を設ける」(別添実用新案公報1欄17、18行)、「その内槽2の一側寄りにおいては底部3より枕部4が隆起し」(同1欄28、29行)との記載も、本件考案に係る浴槽において枕部が隆起して設けられていることを示すものである。

(2)  本件登録請求の範囲の記載の「枕部を隆起せしめて、これを入浴槽部と髪洗槽部とに区画」する対象は、浴槽本体内側の空間たる「内槽」(後記2(1)後段のとおり。)であつて、「浴槽本体」ではないから、右記載から「浴槽本体」が一体不可分のものであることを導き出すことはできない。

(3)  仮に被告ら主張(第3、2 1(1)(2))のように「浴槽本体」が髪洗槽部の先端から入浴槽部の後端までの槽全体を、「内槽」が右槽全体の内部を指すとしても、そのことから「浴槽本体」が一体不可分のものでなければならないとの解釈は生じない。

(4)  被告らは、そもそも「浴槽本体」というのは、4辺の浴槽壁と底部とによつて形成されそれ自体独立して浴槽として使用しうる一体可可分の構造のものの概念であると主張する(第3、2 1(1)(3)第3段)が、「一体不可分」だから「一体不可分」であるというに等しい。

2  本件考案にいう「浴槽本体」が一体不可分のものでなければならないことを示すものであるとして被告らが第3、2 1(2)において引用する本件明細書の考案の詳細な説明の欄の記載は、いずれも「浴槽本体」が一体不可分のものであることの根拠となるものではない。

(1)  その(1)のうち前者(別添実用新案公報1欄17ないし19行)は、その記載中に「浴槽本体」の文言はないから、「浴槽本体」についての記述ではない。「枕となる枕部を設ける」との記載は、枕として使用可能な枕部が設けられ、入浴槽部と髪洗槽部との間にそのような枕部が存在する構造の浴槽に関する考案であると説明しているにすぎない。本件考案は浴槽の製作方法に関するものではない。

また後者(同2欄20ないし22行)の記載中の「内槽」は、特定の内壁部材ではなく、浴槽本体の内側に存する空間を指すものである。すなわち、考案の詳細な説明の欄の「内槽2の一側寄りにおいては底部3より枕部4が隆起し、且その枕部4の両側端が長辺側の側壁5、5'に連設することにより」(同1欄28ないし21行)との記載において、「内槽」は、底部3長辺側の側壁5、5'というように各部材名で指称されている内壁部材とは区別して用いられているし、図面においても、内槽2の引出線は、他の引出線群とは異なり、その先端に矢印が附されていて、他と区別されている。前記記載(同2欄20ないし22行)は、要するに、枕部が浴槽本体の内側空間内に存すること及び枕部、入浴槽部と髪洗槽部が設けられていることを説明しているのである。

(2)  その(2)の記載からは、枕部4と側壁5、5'が連設することにより、枕部と入浴槽部とが一体不可分であるとの意味は生じえても、被告ら主張のように浴槽本体が一体不可分であるとの意味は生じえない。

(3)  その(3)の記載は、その直前(同2欄3ないし6行)及び直後(同2欄9ないし11行)の記載とともに、運搬の便宜を図るための実施例として、「持運棒の係設により担架状とすること」、「ゴム等で製作することにより折りたたみ方式にすること」、「前輪、後輪を附設すること」など種々の方式を開示したものであり、要するに、運搬ないし移動の方式に関する記述であるから、被告らが入浴槽部と髪洗槽部を一体不可分のものとすることを当然の前提とした記載であるというのは当たらない。

3(1)  そもそも、本件明細書において、本件登録請求の範囲の記載はもちろんのこと、考案の詳細な説明の欄にも被告ら主張の「一体不可分」なる文言は存しないし、ましてや、本件考案の技術的範囲を「浴槽本体」が一体不可分のものに限定する旨の記載はない。図面第1、第2図も本件考案の1実施例を示すものであることが考案の詳細な説明の欄(別添実用新案公報1欄26行、2欄3行、9行)及び図面の簡単な説明の欄(同2欄29、30行)に明記されている。

被告らは、湯水をためる浴槽本体というものは一体不可分のものであるのが常識であるという(第3、2 1(3)(1))が、「湯水をためる」のは、本件考案に即していえば入浴槽部である。入浴槽部が常識として一体不可分のものであることは当然であるが、そのことと入浴槽部と髪洗槽部が一体不可分であるかどうかとは別のことである。

(2)  しかも、本件考案においては、考案の詳細な説明の欄の「合成樹脂等により形成した浴槽本体1」という記載(別添実用新案公報1欄26、27行)から明らかなように、「浴槽本体」の材料として、合成樹脂以外に、通常浴槽に用いられる木材、アルミニウム、ステンレス等(これらは、本件考案の実用新案登録出願のはるか以前から浴槽の材料として用いられている。甲第6号証参照。)を用いることも当然予定されているが、これらの材料を用いる場合、「浴槽本体」を一体不可分に形成することは技術上不可能であり、入浴槽部と髪洗槽部の2つの部材に分けて製作することになるから、入浴槽部と髪洗槽部を別体とすることも当然予定されているところである。

被告が第3、2 1(3)(2)において「浴槽本体」の定義として掲げる「風呂桶」なるものは、本件考案に即していえば「入浴槽部」であつて、「浴槽本体」ではない。入浴槽部が2つの部分に分離できるようになつていないのは当然である。

(3)  更に、考案の詳細な説明の欄の「この浴槽本体1を運搬できるように、側壁5、5'の外側に持運棒8、8'が着脱自在に係設されて担架状となつている」(別添実用新案公報2欄3ないし6行)、「浴槽本体1の下端に前輪9、9'、後輪10を附設して移動自在となつており、」(同2欄9ないし11行)などの記載から分るように、本件考案は、特定の場所に固定される浴槽のみならず、運搬、移動の自在な浴槽も予定しており、したがつて、運搬、移動の便宜のために入浴槽部と髪洗槽部を分離することも示唆しているのである。

従来浴室に固定されていた浴槽について、固定されないものを開示することによつて、浴槽を病人等の部屋にまで持込んで入浴させることができるものに変えたところにも本件考案の技術思想における先駆性が見られること後記6のとおりであり、わが国における入浴方法ないし浴室の構造に照らし、浴槽を浴室固定のものから解放したことの先駆性に比べれば、入浴槽部と髪洗槽部を運搬、移動の便宜のために2つの部分に分離することなどは、誰でも考えうる事柄にすぎない。

4  本件先願に係る考案と本件考案との関連に言及する第3、2 1(4)の被告らの主張は、「優先の原則」などの用語とともにその法律上の根拠が詳らかでない。

もし実用新案法第3条の2の規定に基づく主張であるとすれば、同条但書の規定を看過するものであつて失当であるし、またもし、同法第7条の規定に基づく主張であるとすれば、「考案の同一性」について、部分的同一は含まない、すなわち、「実施の態様において重複する部分を除外しない以上同一発明として後願を拒絶すべきものとする趣旨の規定であると解することもできない。」とする最高裁昭和50年7月10日判決と相容れない。

2 本件考案の実用新案登録出願前に頒布された刊行物として被告らが第三、2 2において引用するものに記載された浴槽等は、いずれも、本件考案とは技術思想を異にし、別異の発明、考案であるから、被告ら主張の限定解釈の根拠となるものではない。

1(1) 本件米国特許公報に係る発明は、目的、課題において本件考案と全く異なる。

(1)  本件米国特許公報に係る発明は、健康な通常人に改良された浴槽を提供することを目的、課題とするものであり、寝たきり老人や病人等の入浴のための浴槽の提供という目的、課題には想到していない。ここに、本件考案と根本的な目的、課題の相違点がある。

すなわち、本件米国特許公報の「主浴槽部3はもちろん通常の入浴用のものである。」(乙第10号証2欄47、48行)、「2槽浴槽は……壁内側面2に当接するようになつている。」(同1欄43ないし46行)との記載は、浴室に固定された健康な通常人のための浴槽であることを示している。第2浴槽部4は「頭髪、衣類等々を洗浄するのに使用してもよいし、あるいは幼児用浴槽としても使用できる」(同2欄50ないし52行)ものであるが、洗髪は、「主浴槽部3内にひざまずいて第2浴槽部4で頭髪を洗浄する……」(同2欄26ないし28行)との記載から分かるように、主浴槽部3内で受台12に額を載せて行うものであり、健康な通常人の入浴法を改良することが課題となつていることが明らかである。

(2)  これに対し、本件考案は、「従来より適切な浴槽がないため病人や老人の身体を洗つてやることはできても、洗髪までしてやることは身体が不自由なだけに極めて難事であつた。本案は看護人などが容易に洗髪までしてやれるようにして、病人に入浴をさせようとする」(別添実用新案公報1欄20ないし25行)目的のもとに考案されたものであり、寝たきり老人などの部屋まで運込む(同2欄3ないし11行)ことを前提とし、身体の不自由な寝たきり老人や病人等が身体を動かすことなく看護人の手によつて洗髪までしてもらえるようにする(同2欄24ないし27行)ことに着想したものである。

(2) 本件米国特許公報に係る発明の構成は、

① 細長い主浴槽部と

② この主浴槽部の一端部の反対側に設けられた、これより比較的小型の別個の第2浴槽部と、

③ この両浴槽部を分割している直立垂直壁部と、

④ 各浴槽部からの別々の排水装置と、

⑤ 各浴槽部へ選択的に給水する装置と、

⑥ 前記垂直壁部の頂部縁に設けられた浅い受台状の枕部を形成する凹所

とから成る2槽浴槽であるところ、これは、以下のとおり本件考案の構成と相違する。

(1) 本件米国特許公報に係る発明の構成①について、前記(1)(1)のとおり「主浴槽部3内にひざまずいて第2浴槽部4で頭髪を洗浄する」のであるから、主浴槽部は相当の深さを有する。

これに対し、本件考案では、通常人のための浴槽の深さでは病人や老人にとつて有害であるからこれを採用せず、考案の詳細な説明の欄に「浴槽本体1は人が横臥できるように長方体状に形成されて」いる(別添実用新案公報欄27、28行)と説明されているように、病人や老人が寝たままの姿で入浴でき、しかも湯の重力の弊害を極力なくす構成を採用している。なぜなら、浴槽が深いほど湯の重力によつて下半身の血管が圧迫されて狭められ、血液が上半身に押上げられて脳溢血を起すことにもなりかねないので、病人や老人の入浴の安全性の点から、湯の重力による弊害をなくす必要があるからである。

(2) 右構成②の第2浴槽部は、前記(1)(1)のとおり「頭髪、衣類等々を洗浄するのに使用してもよいし、あるいは幼児用浴槽としても使用できる」ものであり、「両浴槽部(主浴槽部と第2浴槽部)は実質的に深さが同一に作られている」(乙第10号証1欄50、51行)というのであるから、相当の深さと広さが要求される。

これに対し、本件考案では、「看護人等が髪洗槽部7を利用して楽に頭髪を洗つてやる」(別添実用新案公報2欄24、25行)ものであり、特に病人や老人の洗髪は手ぎわよく短時間で行うことを要し、かつ持運びに便とする必要があるため、髪洗槽部は小型のものとなる。本件明細書の図面にも髪洗槽部は深さの浅いものが示されている。

(3)  右構成③について、本件米国特許公報に係る発明では、両浴槽部を分割している部分が直立垂直壁部となつているが、これは、第2浴槽部を洗濯槽としても用いる関係で容積を大きくするための構成と思われる。

これに対し、本件考案では、病人や老人の洗髪をするのであるから、髪洗槽部の壁部はなだらかであるを最適とする。

(4)  右構成④について、本件米国特許公報に係る発明では、各浴槽部の排水口5、6は別々に設けられ、別々に排水するようになつている。

これに対し、本件考案では、病人や老人の部屋に持込んで使用する関係上、排水口11、11'自体は別々に設けられていても単純に1本にまとめる必要がある。考案の詳細な説明の欄では「図中11、11'は夫々入浴槽部6、髪洗槽部7の排水口で……連通管12によつて連通する」(別添実用新案公報2欄13ないし16行)と説明されている。

(5)  右構成⑤について、蛇口は区画壁部の直上に設けられるのが最適とされている(乙第10号証38ないし44行)。健康な通常人では自分で操作できるからである。

これに対し、本件考案では、病人や老人は看護人等の手によつて入浴し洗髪するのであるから、看護人等が自由な場所、位置で身体や頭髪を洗つてやることができるような給水装置が必要となる。

(6)  右構成⑥の凹所は、健康な通常人が主浴槽部内にひざまずいて第2浴槽部で洗髪する際にその額部を載置する構造になつているが、これは、本件考案の「枕部4に項部をおく」(別添実用新案公報2欄23、24行)すなわち、項(うなじ、くびすじのうしろ)の部分を載置する構造とは異なる。

また、右構成⑥の凹所は、ただ入浴中の健康な通常人にとつて快適な頭部枕を提供する(乙第10号証2欄22ないし37行)ことはあるが、これは、単に頭を載置することにより安楽感を味わうことができるというだけのものである。これに対し、本件考案では、老人、病人、身体障害者等は横臥すなわち寝たままの姿で入浴し、項部を枕部において、身体を動かすことなく洗髪までしてもらうことができる(別添実用新案公報2欄20ないし27行)。

(3) 本性米国特許公報に係る発明は、作用効果においても本件考案と極めて顕著は差異がある。

(1)  本件米国特許公報に係る発明では、パツド付受台12は主浴槽部3内に入浴中の人間にとつて快適な頭部枕又は頸部枕を提供する(乙第10号証22ないし24行)が、この場合には単に頭を載置することにより安楽感が得られるにすぎない。すなわち、構成上からいつて、このパツド付受台12に頭部又は頸部をおいた場合、顔は真上ではなく斜め前方を向くことになるから、髪を漏らした石鹸水が顔へ流れ落ちる関係上、健康人ならいざ知らず、病人、老人、身体障害者の洗髪のためにはかかる使用のし方はできない。のみならず、本件米国特許公報においても、洗髪のし方について、「このパツド付受台12は、この主浴槽部3内にひざまずいて第2浴槽部4で頭髪を洗浄している際の人の頭部もたれ部として使用することもできる」(乙第10号証2欄24ないし28行)とされているのであるが、病人、老人、身体障害者は、看護人等の手によつて入浴させてもらうのであつて、かかる使用のし方もまた不可能である。

これに対し、本件考案では、病人等が看護人等の手により、身体を動かすことなく入浴と同時に洗髪までしてもらうことができるという作用効果を奏するのである。

(2)  本件米国特許公報に係る発明の浴槽は、浴室に固定され、運搬されないものであるのに対し、本件考案の浴槽は、身体を動かすことの不自由な病人等の部屋にまで運込んで入浴と同時に洗髪まで行うことができるものである。

2(1) 東陶通信記載の乳児浴槽は、枕部を有しておらず、したがつて、枕部を設け入浴槽部と髪洗槽部とに区画するという本件考案の構成を有しないし、作用効果も異なる。

すなわち、予め熱い湯をためるための予備槽(小槽)と大槽との間の仕切りは、周壁とほぼ同じ高さにまで頂部が突き出ていて、幅も極めて狭く、また浴槽が深いものであるから、この仕切りの上に乳児の項を載せることはできない。したがつて、この仕切りは枕部ではない(この点は、仕切りが周壁とほぼ同じ高さである点のみを理由とするのではないから、第3、2 2(2)(1)(ⅱ)後段の被告らの反論は当たらない。)し、予備槽は髪洗槽部ではない。また、壁面が汚れにくいように壁側の「パツク面」が高くなつていることも異なるし、更に、本件考案と同様の用途で用いるとすれば、左手で乳児を抱いて右手でその頭を洗うのが普通であるから、予備槽と大槽の位置が左右反対でなければならない。

被告らは、枕には特別の形状や構造があるわけではなく、本件考案においても、単に「枕部」とし、形状や構造を限定していないと主張する(第3、2 2(2)(1)(ⅱ)前段)が、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に、本件考案の総括として「枕となる枕部」(別添実用新案公報1欄17行)、実施例について「枕部4にあつては、その中央部に陥部4'を設けて横臥した際に項部等を置きやすいようにしてある。」(同2欄11行ないし13行)と記載され、図面でも、第1図には枕部4は頭を載せても痛くないように角のないものが、第2図には更に頭が安定するようにその中央に陥部4'が設けられたものが示されているのである。東陶通信記載の乳児浴槽における仕切りのように項部を載せられない単なる仕切りが枕部でないことは明白である。

また、原告が別途出願した本件先願に係る考案の明細書(乙第7号証参照)では、周壁と同じ高さの仕切りをもつて枕部と称しているとの被告らの主張(第3、2 2(2)(1)(ⅱ)後段)には、右考案が「ゴム、ビニール等の屈曲自在な素材で中空状の浴槽本体を形成し」(実用新案登録請求の範囲の記載)たものであることを見落した誤りがある。つまり、「屈曲自在な素材で中空状」であるから、いわば空気入り枕なのであつて、項を載せさえすれば凹んで枕としての機能を発揮するのであり、使用しない状態では周壁と同じ高さになつているにすぎない。

(2) 乙第2号証の簡易風呂の考案は、その考案の詳細な説明の欄の記載から明らかなように、「少量の湯水にて全身を浸漬できる風呂を提供せんとするの目的に係」り、その構成中の「中間水平面3」を「枕として使用するを得」るというのみであり、乙第3号証の1の洗髪槽の米国特許発明も、「患者がベツドに寝ている間にその髪を完全に洗えるような器具を提供すること」を目的とするものであつて、いずれも、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」という本件考案の技術思想、目的、構成、作用効果を何ら有しない。

被告らは、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」というのは、単に「作用効果のうえでの着想」にすぎず、「技術思想」などと称しうるものではないと主張する(第3、2 2(2)(4)(ⅰ)が、この両者を区別するメルクマールは何であるか不明である。

(3) 被告らが第3、2 2(2)(4)(ⅲ)において、「要するに」として本件考案の作用効果をまとめて述べる部分は、「身体を動かすことがな」くというのは「洗髪までしてもらえる」に係る副詞句であるのにこれを独立の文章とするなど、入浴と洗髪の同時実現が本件考案の作用効果であるにもかかわらず、これを入浴と洗髪の2つに別々に切り離したものであり、そのうえで、乙第2号証の簡易風呂については洗髪の点を、乙第3号証の1の洗髪槽については入浴の点を無視して論じるものであつて、失当である。

また、被告らが引用する乙第5号証の入浴装置には、本件考案という髪洗槽部が存在しないことは明白である。

3 被告らが第3、2 3において被告物件の構成及び作用効果として主張するところは、以下のとおり失当である。

1 被告らは、被告物件の入浴槽1は、それ自体単独で浴槽として使用しうるものであると主張する((1)後段)が、枕として使用される浴槽壁4の上部の形状、構造、特に両端に頭部洗滌槽7への溢水路19が凹設されている構造からすれば、頭部洗滌槽7が合体されていなければ、入浴槽1の湯が溢れてしまうから、入浴槽1は単独では実際上使用しえないことが一見して明らかである。被告ら主張の如く溢水路19の平面基準が入浴槽1の縁の下部にあれば、十分に湯水をためることはできないはずである。

被告らがイ号物件は被告発明の実施品であると主張する((2)(1)後段)その被告発明も、その特許請求の範囲の記載に「浴槽前部の枕の両側に溢水路を凹設し」とあり、その発明の詳細な説明の欄に「浴槽1に凹設した溢水路11は浴槽の溢水を頭部洗滌槽2に流し排水パイプ23と13により屋外に排出する」(被告発明の特許公報3欄26ないし28行)、「入浴の場合は自動車より浴槽及頭部洗滌槽を病室内に運び、図面の如く浴槽1と頭部洗滌槽2と台3を組立て、自動車内の湯タンクの接続するホースをホース孔36と37に通し、浴槽に湯を供給し、頭部を洗滌する時は、シヤワーホースに湯を供給して頭部を洗滌する。」(同3欄20ないし25行)と記載されているのであつて、浴槽1を単独で使用する構造にはなつていない。被告らの前記主張はこれらの記載と矛盾するものである。

2(1) 被告らは、イ号物件は被告発明の実施品であると主張する((2)(1)後段)が、イ号物件は、例えば、被告発明の特許請求の範囲の記載中の「連結杆32と頭部洗滌槽をチエーンで接合し」なる構成を備えていないから、被告発明の実施品ではない。ロ号物件及びハ号物件が被告発明の実施品でないことは、被告ら自ら認めるところである。

仮に被告物件が被告発明の実施品であるとしても、被告発明は、前記1後段の発明の詳細な説明の欄の記載(別添特許公報3欄20ないし25行)のとおりのものであり、被告物件は現実に使用時において入浴槽1と頭部洗滌槽7が合体されるのであつて、本件考案の構成要件を充足しているから、技術思想上ないし実施上の利用発明というべく、被告物件の製造、譲渡等が本件実用新案権を侵害することに変りはない。

(2)  右(1)の点はともかくとしても、被告発明の明細書には、被告発明は、「自動車に浴槽を固定して置き、病人を入浴さすときは病人を自動車に固定した浴槽まで運んで入浴さ」せるという従来の方式の欠陥「に鑑みて自動車で運んだ浴槽自体を病室まで運び込み、病室内での入浴を可能ならしめた浴槽である。」(被告発明の特許公報2欄1ないし10行)と記載されているが、被告発明の特許出願前より、浴槽自体を病室へ運込むことは知られ、かつ現実に行われていた(甲第3号証、第7ないし第11号証)のであるから、従来の方式についての右記載は明白に事実に反しているわけであつて、したがつて、被告発明の目的ないし技術的課題として記載されたところは、もともと、目的ないし技術的課題たりえないものである。

3 被告らが被告物件の作用効果として述べるところ((3))について、「入浴槽と頭部洗滌槽を別体とした結果、この2つを分離した状態で自動車等で運搬できる」ことは認めるが、そのことによつてはじめて、「収納、持運びに便利」、「家屋内の狭い部屋の入口、廊下の曲り角等においても出し入れが自在」という作用効果が生じたのではない。本件考案の実施例でも、「運搬でき」(別添実用新案公報2欄4行)、「移動自在となつて」(同2欄11行)いるのであつて、被告物件との間に質的な差異が存するわけではない。また、被告物件の「病人等は自室内で入浴できるので、……福祉風呂としても優れている」との作用効果も、本件考案の作用効果と全く同一である。

4 被告らが第3、2 4(1)において被告物件と本件考案の対比として主張するところも、以下のとおり失当である。

1 被告物件は、病人等の入浴と洗髪を同時に行うことをその目的、用途とすること本件考案と同じであるうえ、その入浴槽1と頭部洗滌槽7は、運搬時こそ別々のことがあるけれども、入浴時には必らず連結して使用されるのであるから、その合体した状態で本件考案と対比すべきところ、これが本件考案の構成要件を具備していることは明らかである。被告らの主張は、被告物件の右目的、用途を離れ、運搬、収納時のことなど枝葉末節の点のみを徒に強調するものである。

2 被告らは、「入浴と洗髪を同時に行うことができる」という作用効果を実現する具体的手段として、被告物件は、別体として構成された入浴槽1と頭部洗滌槽7を使用時に特殊な結合手段によつて結合するという構造を採用したものである旨主張する((3))が、入浴と洗髪を同時に行うことと、入浴槽1と頭部洗滌槽7とを分離し結合しうるようにしたこととの間には何の関係もない。右分離、結合の構造は、ただ、運搬、収納、持運びに、より便利なようにするための手段にすぎないのであつて、それ以上に、入浴と洗髪を同時に行うための手段ではない。

また、乙第8号証の考案については「蛇腹」による点の、乙第9号証の浴槽についてはアルミニウムとビニールという材料を使用する点の、それぞれの特殊性に着目して原告が採用したものであつて、これらをもつて、本件考案について2つの槽を別体とするということは原告はまさに夢想だにしなかつたとの根拠とするのは失当である。

5 仮に、以上の原告の主張が認められないとしても、被告物件は、以下の理由により、本件考案に「単なる設計変更」を施したにすぎないものというべきであるから、本件考案の技術的範囲に属するものである。

1 本件明細書には、浴槽本体が一体不可分のものでなければならない旨の記載も、そのことによる作用効果についての記載もないから、出願人(原告)において、浴槽本体が一体不可分であるもの以外のものについて権利を要求する意図がなかつたものと解することはできない。

2 被告物件に具現されている(と被告らの主張する)被告発明の明細書に目的ないし技術的課題として記載されたところは、もともと、目的ないし技術的課題たりえないこと前記3 2 2のとおりであり、被告物件の目的ないし技術的課題は、本件考案と同じく病人等の入浴と洗髪を同時に行うことである。そして、被告物件は、使用時に入浴槽1と頭部洗滌槽7が結合される構造により、病人等の入浴と洗髪を同時に行うことができるという作用効果を奏するのである。被告物件は、頭部洗滌槽7が着脱自在であり、これを分離すると全体の長さが30センチメートルほど短くなるから、その分だけ移動により便利であるかもしれないが、そのようなことは、被告物件の右目的ないし技術的課題と別段関連のないことがらであり、前記3 3のとおり、本件考案において「運搬でき」「移動自在となつて」いるのとの間に質的な差異は存しない。

3 もともと、物CをA部材とB部材に分離し着脱自在のものに作り変えて収納、運搬をより容易にすることは誰もが容易に考えつく一般的技術ないし常套手段にすぎない。A部材とB部材に分離し着脱自在にしたものの製造、譲渡等が、物Cの発明ないし考案に係る権利を侵害するものではないとしたら、徒に実質的な権利侵害の横行を促し、権利者の保護を有名無実化してしまうことは明らかである。換言すれば、一体構造のものを2部材に分割して着脱自在の構造に作り変えることは、設計上の格別の工夫を要するものではなく、1体構造とするか2部材とするかは、単に設計上の問題にすぎず、設計者が適宜選択しうる程度のことであるから、技術手段として実質的に同一のものである。

6 そもそも、本件考案は、以下のとおり、わが国はもちろん外国においても著しい先駆性を有するものであるから、なおのこと、本件明細書記載の文言に徒に拘泥しその技術的範囲を狭く解することは許されない。

1 わが国における江戸時代以来の入浴方法ないし浴室の構造は、縦型の浴槽にしやがむ形で湯につかり、浴槽は温まることのみに使用し、身体や頭髪は必らず浴槽とは別の洗い場で洗うというものである(甲第14号証の1ないし3)。他方、脚を伸ばしたまま浴槽内に入り、その中で身体も頭髪も洗い、浴槽内が汚れればシヤワーで洗い流すという洋式の入浴方法ないし浴室の構造は、日本人の風習になじまないところであるが、かかる洋式の入浴方法ないし浴室においても、わが国の右伝統的入浴方法ないし浴室におけると同様、洗髪をするために別に洗髪槽を設けた浴槽はなかつた。

2 したがつて、本件考案のような、病人等を横臥させ、入浴槽部で身体を洗い、そのままの姿勢で髪を髪洗槽部で洗うこと、浴槽を病人等の部屋にまで持込んで入浴させることなどの技術思想は、本件考案以前には全く夢想だにされなかつたものであつて、わが国はもちろん外国においても本件考案の先駆性は著しい。

特にわが国においては、前記1のような入浴方法ないし浴室の構造から、病人、老人、身体障害者等にとつて入浴自体が至難の技であつたが、本件考案は、これを可能にしたものであり、福祉の観点からも画期的といえる。そのため、本件考案の実施品は、昭和49年設立の財団法人老人福祉開発センターによつて、「旱天に慈雨ともいうべきもの」として絶賛され(甲第16号証)、厚生省社会局更生課及び同局老人福祉課によつても、画期的なものとして採りあげられているのである(甲第17、第18号証)。

3 本件明細書には、被告物件のように入浴槽部と髪洗槽部が分離されるタイプの図画等は示されていないが、先駆的考案の考案者にとつて、考えうる実施例のすべてを明細書に記載することは不可能なことである。いうまでもなく、実用新案法は、実施例ではなく、それを含む上位概念としての技術思想を保護するものであるから、それにもかかわらず、仮に実施例と異なりさえすればよいとしてのその模倣を許すならば、実用新案法は空文に帰してしまうことになる。

第5証拠関係

1  原告

1 甲第1ないし第4号証、第5号証の1、2、第6号証の1ないし4、第7ないし第13号証、第14号証の1ないし3、第15ないし第19号証を提出。

2  乙第1号証の成立及び第6号証が被告ら主張の写真であることは不知、その余の乙号各証の成立は認める。

2  被告ら

1 乙第1、第2号証、第3号証の1、2、第4、第5号証、第6号証(昭和55年1月18日被告ら訴訟代理人弁護士安田有三撮影のハ号物件の写真)、第7ないし第10号証を提出。

4  甲号各証の成立は認める。

理由

1  原告が本件実用新案権を有していること、本件登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

また、被告サニーペツトがロ号物件及びハ号物件を現に製造し、使用し、譲渡し、貸渡し、並びに譲渡及び貸渡しのために展示していることは当事者間に争いがなく(ただし、被告サニーペツトが、ロ号物件、ハ号物件を示すものとしての別紙目録(2)、(3)のうち、いずれも、「2 構造の説明」(1)中の「内槽20を形成す」るとの部分及び第1図中の符号20を削除すべきであると主張する点を除く。)、被告サニーペツトがかつてイ号物件を1台だけ製造、販売したことがあることは被告サニーペツトの自認するところである(ただし、被告サニーペツトが、イ号物件を示すものとしての別紙目録(1)のうち、「2 構造の説明」(1)中の「内槽20を形成す」るとの部分及び第1図中の符号20を削除すべきであると主張する点を除く。)が、被告サニーペツトが現にイ号物件の製造、譲渡等を行い、あるいは、被告栄エンジニアリング及び被告栄工業が現に被告物件の製造、譲渡等を行つているとの事実は、甲第4、第13号証その他本件全証拠によるも認められない。

2  将来、被告サニーペツトがイ号物件の製造、譲渡等を行い、あるいは、被告栄エンジニアリング及び被告栄工業が被告物件の製造、譲渡等を行うおそれがあるかどうかの点はさておき、被告物件が本件考案の技術的範囲に属するかどうかの点について判断することとする。

しかして、成立に争いのない甲第2号証(本件実用新案公報。別添実用新案公報と同じ。)及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、本件考案は、「従来より適切な浴槽がないため病人や老人の身体を洗つてやることはできても、洗髪までしてやることは身体が不自由なだけに極めて難事であつた。」(別添実用新案公報1欄20ないし23行。ただし、「洗つてやることはでしても」とあるのは、「洗つてやることはできても」の誤記と認める。)ことに鑑み、「看護人などが容易に洗髪までしてやれるようにして、病人に入浴をさせようとするもの」(同1欄24、25行)であり、「老人、病人、身体障害者等を入浴させる際には身体は入浴槽部6に横臥させ枕部4に項部をおくことができ、従つて看護人等が髪洗槽部7を利用して楽に頭髪を洗つてやることができ、従つて病人等は身体を動かすことなく洗髪までしてもらうことが可能となる。」(同2欄22ないし27行。ただし、「身体傷害者等」とあるのは、「身体障害者等」の誤記と認める。)という作用効果を奏するものであることが認められるが、そこで、かかる目的ないし作用効果を達成するために本件考案の採用する構成について検討する。

1(1) 前記1で確定した本件登録請求の範囲の記載「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて、これを入浴槽部と髪洗槽部とに区画してなる浴槽」において、その全体の文理により、「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて」との部分は、それ自体本件考案に係る浴槽の構成を示すものであると同時に、「これ(浴槽本体の内槽)を入浴槽部と髪洗槽部とに区画」するための手段としての意味を有するものと認められる。このことは、前顕甲第2号証により認められる本件明細書の考案の詳細な説明の欄の「本案は浴槽内に横臥した際、枕となる枕部を設けることにより、入浴槽部と髪洗槽部とに区画した浴槽に関する。」(同一欄17ないし19行)、「本案は叙上の如く浴槽本体1の内槽2に枕部4を隆起せしめて入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画した」(同2欄20ないし22行)なる本件考案のまとめとしての記載によつて、なお一層明確である。

前者の記載(1欄17ないし19行)について、原告は、その記載中に「浴槽本体」の文言はないから、「浴槽本体」についての記述ではないと主張する(第4、1 2(1)前段)が、右記載中の「区画した」なる語の目的語は、右後者の記載(2欄20ないし22行)及び本件登録請求の範囲の記載をも併せ考えると、「浴槽本体の内槽」であつて、これが省略されているものであることが明らかである。原告はまた、右「枕となる枕部を設ける」との記載は、枕として使用可能な枕部が設けられ、入浴槽部と髪洗槽部との間にそのような枕部が存在する構造の浴槽に関する考案であると説明しているにすぎないと主張するが、「枕となる枕部を設けることにより、入浴槽部と髪洗槽部とに区画した」とされているのであつて、「枕となる枕部を設ける」ことが「入浴槽部と髪洗槽部とに区画」するための手段でもあることが明らかである。

後者の記載(2欄20ないし22行)について、原告は、その「内槽」は、特定の内壁部材ではなく、浴槽本体の内側に存する空間を指すものであり、後者の記載全体として、枕部が浴槽本体の内側空間内に存すること及び枕部、入浴槽部と髪洗槽部が設けられていることを説明しているものである旨主張する(第4、1 2(1)後段)が、原告の引用する考案の詳細な説明の欄の「内槽2の1側寄りにおいては底部3より枕部4が隆起し、且その枕部4の両側端が長辺側の側壁5、5'に連設することにより」との記載(前顕甲第2号証によつて認められる。別添実用新案公報1欄28ないし31行)によつても、「内槽」が浴槽本体の内側空間を指すものとは認められず、かえつて、同じく同号証によつて認められる考案の詳細な説明の欄の「内槽2は入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画されており、」との記載(同1欄31、32行)及び図面を斟酌すれば、浴槽本体の内面全体を指すものと認められる(入浴槽部6と髪洗槽部7が空間ではなく槽自体を指すことは明らかである。)。原告は、「内槽」が浴槽本体の内側空間を指すものであることの根拠として、図面において、内槽2の引出線は、他の引出線群とは異なり、その先端に矢印が附されていて、他と区別されていること(同号証によつて認められる。)を指摘するが、同号証によれば、図面第1、第2図においては、浴槽本体1の引出線にも同様の矢印がその先端に附されていることが認められ、このことからすれば、同図面においては、ある数字の示す箇所が更に複数の、他の数字の示す箇所に分れる場合に、その数字の引出線の先端に矢印が附されてうるものと解されるから、右指摘の点は、原告の右主張の根拠とはなりえない。

(2) してみれば、本件登録請求の範囲の記載を分説することにより本件考案の構成要件を示すとすれば、被告ら主張のとおり、

(1)  浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめてあること、

(2)  右枕部を隆起せしめることによつて、浴槽本体の内槽を入浴槽部と髪洗槽部とに区画してあること、

(3)  右(1)、(2)の構成を有する浴槽であること。

とするのが相当である。

原告は、かかる分説のし方について、右(2)は、「右枕部を隆起せしめることによつて」という、本件登録請求の範囲の記載にない文言を附加したものであつて、構成要件の分説に名を藉りて本件考案の技術的範囲を恣意的に縮少せんとするものである旨論難する(第4、1 1)。しかしながら、考案(発明でも同様。)の実用新案登録請求の範囲の記載を分説するのは、考案の構成要件の理解及び考案と対象物件の対比を容易にするためであるから、右分説に当たつては、実用新案登録請求の範囲の記載の文言を単に機械的に分断すれば足りるというのではなく、考案の構成要件が明確になるように分説する必要があるところ、前記(1)に説示したとおり、本件登録請求の範囲の記載において、「浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめて」との部分は、「これ(浴槽本体の内槽)を入浴槽部と髪洗槽部とに区画」するための手段としての意味をも有するものであるから、分説する以上、前記のとおり分説しなければ、本件考案の構成要件が明確とならないのである。したがつて、原告の論難は当たらない。

(3) 原告はなお、実用新案の対象はもともと物品の形状、構造又は組合せに限られるのであつて、製作方法ないし手段を含まないから、本件登録請求の範囲の記載に浴槽の形態を実現するための方法が記載されているからといつて、その方法自体を構成要件と認めることはできないのであつて、それは、その方法を実施した結果得られる特定の形態を、方法の表現を藉りて間接的に記載したものにすぎないと解すべきであると主張する(第4、1 1(1)後段)。

もとより、実用新案の対象が物品の形状、構造又は組合せに限られること原告主張のとおりであるが、実用新案に係る物品の形状、構造として、ある構成が他の構成の手段となつていて、そのため、実用新案登録請求の範囲の記載においてもそのように表現されることは当然ありうることであつて、別段異とするに足りず、その場合に、ある構成が他の構成の手段となつているというその構成自体が実用新案の必須の要件となることはいうまでもない。したがつて、原告の右主張も採用しえない。

2 しかして、被告らは、本件考案にいう「浴槽本体」は一体不可分のものをいうと主張するので、更にこの点について検討する。

(1) 前顕甲第2号証によれば、本件明細書には、原告主張の如く、一体不可分なる文言、あるいは浴槽本体は一体不可分のものに限定される旨の文言は存しないことが認められるが、前記1に説示したところによれば、本件考案において、浴槽本体とは髪洗槽部の先端から入浴槽部の後端までの浴槽全体を指し、「浴槽本体の内槽」とは右浴槽全体の内面を指す(浴槽本体内側の空間を指すとの原告の主張の採りえないこと前記1(1)第3段のとおり。)ものであることが明らかであり、そして、右浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめてあり(構成要件(1))、かつ右枕部を隆起せしめることによつて、右浴槽本体の内槽を入浴槽部と髪洗槽部という2つの部分に区画してある(構成要件(2))というのであるから、浴槽本体は、当然一体不可分のものであることを要し、入浴槽部と髪洗槽部とが別体として構成され、使用時に合体されるようになつているものは含まないといわなければならない。けだし、入浴槽部と髪洗槽部とが別体として構成されたものにあつては、入浴槽部と髪洗槽部とは当初から別々に存在するのであつて、浴槽本体の内槽に枕部を隆起せしめることによつて浴槽本体の内槽を入浴槽部と髪洗槽部とに区画することにはなりえないからである。

(2) これを本件明細書の考案の詳細な説明の欄の記載についてみると、前顕甲第2号証によれば、同欄には、本件考案の実施例について、「合成樹脂等により形成した浴槽本体1は人が横臥できるように長方体状に形成されており、その内槽2の一側寄りにおいては底部3より枕部4が隆起し、且その枕部4の両側端が長辺側の側壁5、5'に連設することにより、内槽2は入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画されており、」(別添実用新案公報1欄26ないし32行)、「使用時に空気、湯水等によつて脹らますことにより浴槽本体1を形成するように、ゴム等で製作してもよい。」(同2欄6ないし9行。ただし、「張らます」とあるのは、「脹らます」の誤記と認める。)との記載があることが認められるが、これらはいずれも、浴槽本体1が一体不可分のものであることを前提とする記載であることが明らかである。すなわち、前者の記載についていえば、長方体状の浴槽本体1の内槽2の一側寄りにおいて底部3より枕部4が隆起し、かつ、その枕部4の両側端が長辺側の側壁5、5'に連設することにより、内槽2は入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画されているというのであるから、浴槽本体1は一体不可分のものであることを要するし、後者については、説明を要しない。また、同号証によれば、本件考案の実施例を示す図面第1、第2図にも、浴槽本体1が一体不可分のものが示されていることが認められる。

(3) 逆に、同号証によれば、本件明細書には、入浴槽部と髪洗槽部とを別体として構成してよい旨の記載はないことが認められるところ、原告は、本件考案にいう「浴槽本体」は一体不可分のものに限定されず、入浴槽部と髪洗槽部を別体とすることも当然予定し、あるいは示唆しているとし、その根拠として、考案の詳細な説明の欄の「合成樹脂等により形成した浴槽本体1」(同1欄26、27行)、この浴槽本体1を運搬できるように、側壁5、5'の外側に持連棒8、8'が着脱自在に係設されて担架状となつている」(同2欄3ないし6行)、「浴槽本体1の下端に前輪9、9'、後輪10を附設して移動自在となつており、」(同2欄9ないし11行)という記載(いずれも、同号証によつて認められる。)を引用する(第4、1 3の(2)及び(3))。

右第1の記載(1欄26、27行)について、原告は、本件考案においては、浴槽本体の材料として、合成樹脂以外に、通常浴槽に用いられる木材、アルミニウム、ステンレス等を用いることも当然予定されているが、これらの材料を用いる場合、浴槽本体を一体不可分に形成することは技術上不可能であり、入浴槽部と髪洗槽部の2つの部材に分けて製作することになるから、入浴槽部と髪洗槽部を別体とすることも当然予定されていると主張する。なるほど、成立に争いのない甲第6号証の1ないし4によれば、本件考案の実用新案登録出願前から、合成樹脂以外に、木材、アルミニウムステンレス等が浴槽の材料として用いられていることが認められるが、しかしながら、成立に争いのない乙第9号証によれば、材料としてアルミニウムを用いて、一体不可分の浴槽本体を形成し、底部より枕部を隆起させる構造の浴槽を製作することが可能であることが認められ、この事実及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、材料として木材、アルミニウム、ステンレス等を用いて本件考案にいう浴槽本体すなわち入浴槽部と髪洗槽部とを一体不可分に形成することは十分可能であると認められるから、これが不可能であり、入浴槽部と髪洗槽部の2つの部材に分けて製作することになるとの前提に立つ原告の右主張は、失当といわざるをえない。

右第2(2欄3ないし6行)及び第3(2欄9ないし11行)の記載について、原告は、本件考案は、特定の場所に固定される浴槽のみならず、運搬、移動の自在な浴槽も予定しており、したがつて、運搬、移動の便宜のために入浴槽部と髪洗槽部を分離することも示唆していると主張する。しかしながら、右記載は、前顕甲第2号証によつて認められる本件明細書の図面第1図(右第2の記載に関するもの)及び第2図(右第3の記載に関するもの)からも明らかなように、本件考案を、浴室に固定された浴槽ではなく移動可能な浴槽に適用した場合において、入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画された浴槽本体1の側壁5、5'の外側全長にわたつて持運棒8、8'を設け(第1図)、同じく入浴槽部6と髪洗槽部7とに区画された浴槽本体1の入浴槽部下端に前輪9、9'を、髪洗槽部下端に後輪10を設けて(第2図)、それぞれ、浴槽本体1全体を移動するのに便利なように構造を説明しているにすぎないのであつて、浴槽本体1を入浴槽部6と髪洗槽部7とに分離することは全く示唆していないものといわなければならない。

よつて、いずれの記載も、原告主張の根拠となるものではない。

(4) 以上のように、本件明細書には、一体不可分なる文言、あるいは浴槽本体は一体不可分のものに限定される旨の文言は存しないものの、本件登録請求の範囲の記載自体、浴槽本体は一体不可分のものであることを要することを示し、考案の詳細な説明の欄にも実施例についてそのことを前提とする記載が存する一方、本件明細書には、入浴槽部と髪洗槽部とを別体として構成してよい旨の記載、あるいはこのことを予定し、示唆する記載は存しないから、結局本件考案にいう「浴槽本体」は、一体不可分のものをいい、入浴槽部と髪洗槽部とが別体として構成されているものは含まないものといわなければならない。

3  のみならず、右のように本件考案にいう「浴槽本体」は一体不可分のものと解すべきことは、以下のとおり、本件米国特許公報に記載された浴槽との対比によつても肯認しうるところである。

1 成立に争いのない乙第10号証によれば、本件考案の実用新案登録出願(昭和46年7月27日)前の昭和26年10月2日にわが国特許庁(陳列館)に受入れられた本件米国特許公報には、本件考案の構成要件と対応させて分説すると、

(1)  浴槽の内槽に、項部に枕となる凹所が設けられた垂直な壁を設けて(隆起せしめて)あること、

(2)  右垂直な壁を設ける(隆起せしめる)ことによつて、浴槽の内槽を細長い主たる入浴槽と小型の第2槽とに区画してあること、

(3)  浴槽であること、

(4)  なお、各槽へ選択的に給水することのできる蛇口と、各槽に別個に設けた排水口を有すること。という構成から成り、右主たる入浴槽は、通常の入浴槽として、右小型の第2槽は、洗髪、洗濯のために又は幼児用浴槽としてそれぞれ使用される浴槽が示されていることが認められる。してみれば、本件考案の構成要件(1)ないし(3)は、本件米国特許公報記載の浴槽の構成(1)ないし(3)とことごとく一致する(本件考案にいう「枕部」、「入浴槽部」、「髪洗槽部」は、本件米国特許公報記載の浴槽の「垂直な壁」、「主たる入浴槽」、「小型の第2槽」にそれぞれ該当する。)から、本件考案は、本件米国特許公報に記載された浴槽と同一のものであるといわなければならない。

なお、本件考案は、本件米国特許公報記載の浴槽の構成(4)を欠如するが、浴槽において選択的に給水することのできる虹口や排水口を設けることが慣用手段であることは当裁判所に顕著な事実であるから、この点は、単なる慣用手段の削除であり、そこに何ら別個の技術思想を見出すことはできず、したがつて、本件考案と本件米国特許公報記載の浴槽との同一性を失わしめるものではない。

2 これに対し、原告は、第4、2 1(2)において、本件考案の構成が本件米国特許公報記載の浴槽の構成と相違する点として、(1)ないし(6)の点を挙げるが、いずれの点も構成の相違とは認められず、失当というべきである。

すなわち、その(1)ないし(5)の点については、要するに、(1)本件考案の入浴槽部は、本件米国特許公報記載の浴槽の主たる入浴槽ほどの深さを有しない、(2)前者の髪洗槽部は、後者の第2槽ほどの深さと広さを有しない、(3)前者の髪洗槽部の壁部は、後者の、両槽を分割している部分が垂直な壁となつているのに対し、なだらかであるのを最適とする、(4)前者の排水口は、後者の排水口と異なり、単純に1本にまとめられている、(5)前者では、蛇口は両槽を区画している垂直な壁の直上に設けるのを最適とする後者と異なり、特別の給水装置が必要となる、というのであつて、いずれも、本件登録請求の範囲の記載に何ら記載のない事項を挙げて構成の相違として論じるものである。

また、その(6)について、原告は、洗髪する場合において、本件米国特許公報記載の浴槽では、健康な通常人が主たる入浴槽内にひざまずいて第2槽で洗髪する際にその額部を両槽を区画している垂直な壁の凹所に載置する構造になつているが、これは、本件考案の「枕部に項部をおく」構造とは異なる旨主張する。前顕乙第10号証によれば、本件米国特許公報には、パツド付受台(枕となる凹所)は、主たる入浴槽内にひざまずいて第2槽で洗髪する際の人の頭部もたれ部として使用することもできる旨の記載があることが認められ、本件考案では、老人、病人、身体障害者等は入浴槽部に横臥し、枕部に項部をおいた姿勢で身体を動かすことなく洗髪をしてもらうようになつている(前記2冒頭部分後段)のとは異なるが、これは、畢竟、同一の構造の浴槽ないし枕部の使用のし方の相違にすぎず、構成の相違とは認められない。同じく原告は、本件米国特許公報の浴槽の垂直な壁の凹所は、ただ入浴中の健康な通常人にとつて快適な頭部枕を提供することはあるが、これは、頭を載置することにより安楽感を味わうことができるというだけのものであり、右のような本件考案の枕部とは異なる旨主張するが、枕としての使用のし方に実質的差異があるとは認められず、仮に差異があるとしても前同様、同一の構造の浴槽ないし枕部の使用のし方の相違にすぎず、やはり構成の相違とは認められない。

3 してみると、本件考案は、その実用新案登録出願前にわが国特許庁(陳列館)に受入れられた本件米国特許公報に記載された浴槽と構成において同一のものであるから、実用新案法第3条第1項第3号の規定する考案に該当し、その実用新案登録は同法第37条第1項第1号所定の無効原因を有することになる。したがつて、被告サニーペツトが提起した無効審判請求に係る審判(昭和53年審判第14917号。このことは、本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。)において早晩無効にされることが明らかであるから、本件訴訟においては本件実用新案権は一応有効に存在するものとして取扱わなければならないとしても、その技術的範囲は、本件明細書及び図面に具体的に開示されたものに限定して解釈するのが相当である。

本件明細書及び図面には、浴槽本体が一体不可分のものが示され、逆に入浴槽部と髪洗槽部とが別体として構成されたものは示されていないこと前記2 2の(2)及び(3)のとおりであるから、少なくとも、本件考案にいう「浴槽本体」は、一体不可分のものに限定され、入浴槽部と髪洗槽部とが別体として構成されたものは含まないといわなければならない。

4 そこで、本件考案の構成要件は前記2 1(2)の(1)ないし(3)のとおりであり、そこにいう「浴槽本体」は一体不可分のものを指称するものであることを前提に、被告物件の構成と本件考案の構成要件とを対比する。

1 イ号物件を示すものであること当事者間に争いのない別紙目録(1)の記載(ただし、その「2構造の説明」(1)中の「内槽20を形成す」るとの部分及び第1図中の符合20を除く。)及び成立に争いのない甲第4、第13号証によれば、イ号物件は、本件考案の構成要件に対応させて分説すると、

(1)' 入浴槽1とこれとは別体の頭部洗滌槽7とから成り、右入浴槽1は、ほぼ矩形の入浴槽本体2と前脚部16及び後脚部17とで構成され、右入浴槽本体2の一端は、凹凸のある枕部を設けその両側に溢水路19を凹設した浴槽壁4をなしていること、

(2)'(ⅰ) 入浴槽1と頭部洗滌槽7とは使用時に合体されるようになつていること、

(ⅱ) 入浴槽本体2の底部の浴槽壁4寄りにはやや陥没した臀部滑止め部5及び排水口が設けられ、また、入浴槽本体2の底部は右臀部滑止め部5から遠ざかるに従つて徐々に浅くなるように構成されていること、

(ⅲ) 入浴槽本体2の浴槽壁4の外方には、一体に形成された前脚部16とフレーム16'とが軸15で回動可能に枢着されており、また、頭部洗滌槽7は、その入浴槽1側に入浴槽本体2への結合用突出部材8が設けられ、他の3辺が下向きU字形の縁9となつていて、入浴槽1と頭部洗滌槽7とは着脱自在であり、頭部洗滌槽7を入浴槽1に合体する場合は、頭部洗滌槽7の下向きU字形の縁9内にフレーム16'を挿入するとともに、頭部洗滌槽7の結合用突出部材8と入浴槽1の先端部とを整合することによつて行うものであること、

(3)' 右(1)'、(2)'の構成を有する浴槽であること、という構成を有するものと認められ、また、ロ号物件、ハ号物件をそれぞれ示すものであること当事者間に争いのない別紙目録(2)、(3)の記載(ただし、いずれも、その「2 構造の説明」(1)中の「内槽20を形成す」るとの部分及び第1図中の符号20を除く。)及び本件口頭弁論の全趣旨によりハ号物件の写真であると認められる乙第6号証によれば、ロ号物件及びハ号物件は、本件考案の構成要件に対応させて分説すると、

(1)" 入浴槽1とこれとは別体の頭部洗滌槽7とから成り、右入浴槽1は、ほぼ矩形の入浴槽本体2と脚部18とで構成され、入浴槽本体2の一端は、凹凸のある枕部を設けその両側に溢水路19を凹設した浴槽壁4をなしていること、

(2)"(ⅰ) 入浴槽1と頭部洗滌槽7とは使用時に合体されるようになつていること、

(ⅱ) 入浴槽本体2の底部の浴槽壁4寄りにはやや陥没した臀部滑止め部5及び排水口が設けられ、また、入浴槽本体2の底部は右臀部滑止め部5から遠ざかるに従つて徐々に浅くなるように構成されていること、

(ⅲ) 入浴槽本体2の浴槽壁4の外方には、受杆16とこれを下方に折りたたむための支持杆17が設けられ、また、頭部洗滌槽7は、その入浴槽1側に入浴槽本体2への結合用突出部材8が設けられ、他の3辺が下向きU字形の縁9となつていて、入浴槽1と頭部洗滌槽7とは着脱自在であり、頭部洗滌槽7を入浴槽1に合体する場合は、頭部洗滌槽7の下向きU字形の縁9内に受杆16を挿入するとともに、頭部洗滌槽7の結合用突出部材8と入浴槽1の先端部とを整合することによつて行うものであること、

(3)" 右(1)"、(2)"の構成を有する浴槽であること、という構成を有するものと認められる。

2 しかして、原告の主張に従い、被告物件における入浴槽本体2(あるいは入浴槽1)が本件考案にいう入浴槽部に、被告物件における頭部洗滌槽7が本件考案にいう髪洗槽部にそれぞれ相当するものとして、被告物件の構成と本件考案の構成要件を対比すると、被告物件において本件考案にいう浴槽本体に相当するものは、入浴槽本体2(あるいは入浴槽1)及び頭部洗滌槽7と考える外ないところ、入浴槽本体2(あるいは入浴槽1)と頭部洗滌槽7とが別体のものであることは被告物件の前記構成(1)'及び(1)"から明らかであるから、一体不可分のものを指称する本件考案にいう「浴槽本体」の要件を充足せず、また、入浴槽本体2の浴槽壁4を隆起せしめることによつて「浴槽本体」(入浴槽本体2あるいは入浴槽1及び頭部洗滌槽7)の内槽を入浴槽本体2(あるいは入浴槽1)と頭部洗滌槽7とに区画してあるものでもない(入浴槽1と頭部洗滌槽7とが使用時に合体されるからといつて、浴槽壁4によつて入浴槽本体2あるいは入浴槽1と頭部洗滌槽7とに区画される構成となるものではない。)。

したがつて、被告物件は、いずれも、本件考案の構成要件(1)及び(2)を具備しないものといわなければならない。

3 また仮に、被告物件における入浴槽本体2(あるいは入浴槽1)が本件考案にいう「浴槽本体」に相当するものとして対比しても、被告物件がいずれも本件考案の構成条件(1)及び(2)を具備しないこと明らかである。

4 本件考案の奏する作用効果は前記2冒頭部分後段のとおりであり、前顕甲第4、第13号証及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告物件も、老人、病人、身体障害者等が楽な姿勢で入浴し、浴槽壁4の枕部に項部をおくことができ、看護人等によつて身体を動かすことなく洗髪までしてもらえるという作用効果を奏することが認められ、この限度において被告物件は本件考案と同一の作用効果を奏するものということができるが、同一の作用効果を奏するからといつて直ちに被告物件が本件考案の技術的範囲に属するとはいえないことはいうまでもなく、かかる作用効果を達成するために、本件考案が、一体不可分の浴槽本体の内槽に底部より枕部を隆起せしめることによつてこれを入浴槽部と髪洗槽部とに区画するという構成を採用したものであるのに対し、被告物件は、入浴槽1(あるいは入浴槽本体2)とこれとは別体の頭部洗滌槽7とを使用時に合体するという構成を採用したものであつて、両者は、右作用効果を達成するための技術手段を異にするのであるから、被告物件が本件考案の技術的範囲に属するとすることはできない。

5 原告は、仮定的主張として、被告物件は本件考案に「単なる設計変更」を施したにすぎないものというべきであるから、本件考案の技術的範囲に属するものであると主張する(第4、5)。

しかしながら、前記3に説示したところによれば、右「単なる設計変更」の主張の採用しえないことが明らかである。

のみならず、前顕甲第4、第13号証、成立に争いのない乙第4号証(被告発明の特許公報)及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告物件は、細部の差異はともかく、被告発明に係る移動浴槽の基本的な考え方を具現したものであつて、前記4 4の作用効果を奏する外、頭部洗滌槽7を別体とし、人の入浴が可能な範囲内でできる限り入浴槽本体2の長さを短くすること(その結果、入浴する者は、入浴槽本体2の浴槽壁4の枕部に項部を置いて横臥するというより、むしろ浴槽壁4に背中をもたれかけて脚を延ばして座るという状態に近い姿勢をとることになり、そのため、入浴槽本体2の底部の浴槽壁4寄りにやや陥没した臀部滑止めの部5が設けられ、かつ、足先に対応する部分より臀部に対応する部分(すなわち浴槽壁4寄り)の方が深くなつている。)により、病人等の家庭や病院を訪問してその入浴とふとん乾燥とを同時に行うことを可能にするために考え出された浴槽乾燥車(浴槽関係の装置及びふとん乾燥の装置が設けられている。)への積込みを容易にし、また収納、運搬をより便利にしたという格段の作用効果を奏することが認められるから、この点からも、右「単なる設計変更」の主張は採用しえない。

6 以上によれば、被告物件はいずれも、本件考案の技術的範囲に属しないといわざるをえないから、被告物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

7 よつて、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(秋吉稔弘 水野武 設楽隆一)

<以下省略>

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